【ゆうらリズム】晩節をけがす人

コラム

ここ数年、権力にしがみつき、後進の芽をつぶし、晩節をけがす人があまりにも多い。
晩節を自ら汚す人の本質は、承認欲、支配欲と操縦欲かもしれない。
年老いても枯れぬ、幼子のような旺盛なまでの承認欲求が見え隠れしている。
飽くなき金銭欲も見えてくる。
有終の美を飾る、立つ鳥跡を濁さない人の本質は支援欲と伴走欲ではないかと思う。
老いては、目をかけてきた若手や後継者の支援者と伴走者として己を律していけばいい。
正面から教えることでも、背中を見て学ばせることでもなく、後継者と同じ方向を見ながら背中を支え、励まして、伴走していくのである。
指導者のあり方も、指導や教育の方法も、変わってしまった。
自分たちが受けてきたものを自分たちの代で終わらせなければならない時代である。
名伯楽と言われるほどでなくてもいい。
表に出ることなかれ、慎ましい影法師でいい。
決して後継者が芽を出す機会を奪ってはいけない。
大事なことは譲ること、任せること。
己を主語にしてはいけない。
人生の最後に残された仕事は、後継者、あとに続く人をつくることだ。
私有化、私物化した権力や財宝はあの世に持っていくことはできず、人さまに戻さなければならない。
あの世に持っていけるたった一つのものとは、人を生かし、人を残したかすかな記憶といずれ消えていく足跡だけである。

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